とうとう来る時が来た…?    親不孝息子が綴る介護日記


by 1po2ho3bo
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責めることと環境変化

認知症を患った父には注意深く接している親不孝息子。
双方にとって最大の理解者であるという認識は失われていないように思える…



「責められている…」 「環境が変わった…」

これを感じ取るのは父自身。
こちらが決して責めたつもりはなくとも、父が「責められている」と感じているかも知れない…
環境も心地良く変わったかそうでないかは父の感じ方次第。

総ての判断基準は、「父が心地良く感じるか否か」を注意深く観察すること。

「責められた…」 「心地良くない環境…」と思わせてしまうことは父に混乱が生じる。
混乱は様々な問題行動を招き、更に手数が必要になり関わる者に経済的、精神的、肉体的に新たな問題が発生させる。

要は、介護する者が如何にこのことを理解して関わるかがとても重要なのです。


昨日、姉が来て半日家事をして帰った。
家や冷蔵庫内の掃除をしていってくれたのだが、、、

父にとって姉が半日の間、実家にいること自体が理解できていないのかも知れない。
また、その半日の間、掃除に明け暮れていたことも心地良く感じていなかったようだ。

「掃除ばかりしないでいい! おかしいよ!」

…と、父は言っていたようだった。


僕としては手が回らないことをやってくれた姉には感謝したいのだけど、父に混乱が生じていたのではないか…

そう思うと複雑な心境なのです。

事あるごとに関わる者には認知症の理解を深めるように情報を伝えているが、一朝一夕で理解できるものでもなく難しいところですね。。。

「心地良い」と父が感じられる会話や環境を模索しながら、穏やかに生活を送れることが父にとって一番望ましいことと思うのです。
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by 1po2ho3bo | 2009-02-04 10:18 | 介護