とうとう来る時が来た…?    親不孝息子が綴る介護日記


by 1po2ho3bo
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お別れ

明日、2日は父のお通夜。

そして3日の告別式。


本当にこれで両親とのお別れの日です。


悲しいと言うより...

「終わったなぁ...」

「終わってしまった...」


そんな感じの心境です。


職場に戻れば大勢のお年寄りがいるので、

親孝行ができなかった分は年寄り孝行で恩返ししたいと思います。


揺れる家族の思い、不安な思い、、、

身をもって経験したことを介護の仕事にも活かさねば、ですね!
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# by 1po2ho3bo | 2010-06-01 23:36 | そのほか

今思うこと...

このblogを始めた2年前、

終わりの見えない介護生活に踏み込んだと思った。

先の見えない介護生活に、

不安とストレスが募る日々。


そして今日、

2年の月日は余りに短かった。

両親の介護には反省することばかり。

もう少し汚名挽回の時間をくれれば良かったのに…

親不孝息子は最後の最後まで親不孝息子であったような気がする。


それに引き換え、てこずらさずにこの世を去ってしまった両親は、

本当に子孝行であった。

これからは親不孝息子の心の中で生き続ける両親に対して孝行しなきゃです。


離婚を切欠にこの10年散々両親には散々心配をかけてきたが、

両親と共に生活を送れたことに感謝。

総ては今日のために何かに導かれていたような気がします。


一つだけ自負することと言えば...

導かれるがままに素直に生きてきたこと。

自分らしい選択をしてきたなぁ...

そう思えることかな。。。
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# by 1po2ho3bo | 2010-06-01 23:23 | そのほか

訃報

父親も息子と娘に看取られ…


安らかに眠りにつきました
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# by 1po2ho3bo | 2010-05-31 12:08 | そのほか

昨日は…

母が亡くなってから初めて母の夢を見ました。

夢で会った母は十年ほど前の元気な母でした。。。


未だに母の治療方針の選択は誤っていなかったか...

母は終末期をどのように過ごしたかったのか...


母のことを思うと、

そんなことばかりが頭の中を駆け巡ります。


明日は四十九日の法要です。
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# by 1po2ho3bo | 2010-05-15 18:37 | そのほか
母が旅立ち一ヶ月が経った...

四十九日の法要を目前に控え、

ようやく落ち着きを取り戻そうとしている。


しかし、

今度は父の終末期が近付いて来たようだ。

母同様、食事を受け付けなくなってしまった。

点滴のための血管も確保が難しと言われ、

呼吸器に疾患のある父は、母のように持ちこたえることは困難な気がする。


母が、

「子供たちにあまり心配をかけちゃだめだよ…」

そう言って父を呼んでいるのかも知れない。
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# by 1po2ho3bo | 2010-05-07 20:42 | 介護

一本のフルート

母の棺には...

大好きだった花々と一本のフルートを納めた。

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2年ほど前に両親の介護が始まった頃、

時を同じくして始めたインディアンフルート。

その音色に魅せられて、今では自作をするようになった。


両親は、、、

庭先でフルートを作っている僕を時折見ていた。


目の前で演奏をしてあげたことは無いのだけれど、

家の中に響く音を、きっと耳にしていたと思う。。。


このフルートの音色だけは、

亡き母の耳元にも響くような気がする。
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# by 1po2ho3bo | 2010-04-13 10:14 | 介護
医師により死亡の確認を終え、エンジェルケアがなされる間にも...

哀しみに浸っている間もなく葬儀の段取りが始まる。


葬儀社が決まると、

1時間ほどで葬儀社からのお迎えがあった。

亡き母を乗せた車と共に斎場に向かう。。。


決めなければならないことが山ほど待ち構えていた。

4~5時間ほど葬儀の打ち合わせを済ませ葬儀社を後にした。


今回、

葬儀社・火葬場共に希望通りの日程が取れ、

滞りなく葬儀を済ませることができたのは何よりだった。


そして、、、

母が末期癌と判ってから、

毎日の見舞いにも同行してくれた彼女は、

母の最期にも一緒に立会うことができた。


初めて身内を見送る僕にとって分からない事だらけであったが、

実父と夫を見送ってきた彼女はいつも傍に居て僕をサポートしてくれた。


母も30数年前から彼女を知っていた。

年末年始、

彼女と彼女の娘は僕の家に泊り込み、

年越し蕎麦を食べ、御節とお雑煮で正月を祝った。


母にとって最後の正月になろうとは思ってもいなかったのだが、、、

今思えば唯一の親孝行だったような気がする。


そんな彼女には、、、

心の底から感謝している。


「ありがとう」



葬儀にも親族として立ち会っていただき、

親戚一同も快く彼女を受け入れてくれた。


大切な母を亡くした僕にとって、

新しい家族との出逢い。


振り返れば僕は、、、

何かに導かれているように感じざる負えない。
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# by 1po2ho3bo | 2010-04-11 07:23 | 介護
正午過ぎまで穏やかな時間は流れていたが、

脈の乱れや脈拍の低下が顕著になり心電図が母に付けられた。


伯母に経過報告の連絡をすると、、、

「潮が引く時間に亡くなることが多いのよ…」

「14時半頃が引潮なのよね...」

と、諦めと覚悟をしたように僕に言った。


僅かに努力様の呼吸になってきた母だったが、

表情に苦痛の色はなかった。


伯母の言った時間が近付いて来るに連れ、

無呼吸の状態が見受けられるようになった。


そして、

14時30分最後の呼吸の後に、

母の胸は動かなくなった。
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# by 1po2ho3bo | 2010-04-10 00:30 | 介護
4月5日 朝7時に携帯が鳴る...

着信は母の入院している病院からだった。。。


担当のナースから、

母の状態が低下していると知らされた。

ナースの落ち着いた声からは、

最後の日を知らされているものではないと思いたかったが、、、

時刻からすれば、その知らせの内容は容易に把握できた。


姉と共に病院に駆けつけてみると、

覚醒はしていないが、いつもと変わらない母が居た。

出入りするナース達もいつものように落ち着いて対応をしてくれている。


母を看取る日となることが信じられないほど穏やかな時間が流れていた。
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# by 1po2ho3bo | 2010-04-09 00:47 | 介護

訃報

母は、

平成22年4月5日 午後2時37分 逝去しました。


約2ヶ月の入院生活でしたが、

苦しむこともなく安らかに旅立ちました。

お世話になりました方々に心より御礼を申し上げます。
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# by 1po2ho3bo | 2010-04-05 23:29 | 介護

いよいよか...

一昨日、母は個室に移ることになった。。。


2月3日に入院して2ヶ月が経とうとしている。

今では話すことはほとんどできないが、意思表示はできている。


しかし、

意識がはっきりしている時間も徐々に短くなってきている。


看護師からも、

「お母様が分かる内に会わせておきたい方に連絡をしておいてください」

と、話しがあった。


日々、衰弱して行く母ではあるが、

苦痛の表情もなく穏やかに過ごしている。。。
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# by 1po2ho3bo | 2010-04-01 11:12 | 介護

お話しがあります

母を担当してくれている看護師から声がかかった。


「先日、主治医の方から連絡が行ったと思いますが…」


その看護師は、そう切り出した。


僕は、、、

「現状報告と、今後の治療方針について話がありましたが…」

「何をどのように判断すればよいのか…?」とお答えした。


その看護師は、、、

「電話での医師とのやり取りを聞いてまして、酷な選択と感じました」


その一言が、乾いた僕の心には一滴の恵みに感じられた。



医師には医師として、

何の治療らしい治療もしないままいることがもどかしいのかも知れない。

しかし、医療の力で生きながらえることを母は望んでいるのだろうか。。。


母にほんの些細で僅かな望みがあるのならば、

そのことこそ一番優先しなければならない筈。


嫌な思いをしてまで美味しくない栄養剤を飲むのなら、

好きなものを美味しいと思って口にしてもらいたい。


そう思った。


その看護師は、、、

母の身、身内の身になって看護にあたってくれていると感じた。


最後に、

看護師に聞いてみた。


「こんな母の状態で治療行為もないのにこの病院に居れますか?」 と。

看護師は、、、

「もし医師が転院の話をしたとしても、私達が守りますから」

きっと母も、そんな看護を受けられて喜んでいると思う。

僕も心が熱くなった。
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# by 1po2ho3bo | 2010-03-26 22:29 | 介護

どうしますか...

医師から、

そう言われて困った...


2日前に主治医から電話があった時のこと。


その内容は…

点滴によるリスクが増してきた、、、

経口摂取もほとんどできない状態です...

今後のことを良くお考えください...と。


何をどう考えればよいのか。。。

返答しようのない質問に困惑した。


毎日、見舞いに行っていて母の状態は見ている。

日増しに痩せこけて、浮腫みも増してきているが、

特に苦痛の表情はない。

話すこともできなくなった母だが、

意識がはっきりとしている時は頷いたり首を振ったりして意思表示をしてくれる。


そんな母に問いかけることはできないが、

医療に頼った延命ではなく、

母の一日一日を大切にしてあげたい。

そう思って答えを出している。
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# by 1po2ho3bo | 2010-03-26 21:53 | 介護

アリセプト

認知症と診断された父が服用していた薬がアリセプト

以前の記事にも投稿したが、

4ヶ月ほど服用したが感じられる効果はなかった。


息子の独断でこの薬を絶ったのだが、、、

穏やかに入院生活を送っている父を見ていると

その判断も間違えではなかったように思える。


最近では、

ここ数年、見たことのない笑みで面会に行く息子を迎え入れてくれる。
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# by 1po2ho3bo | 2010-03-24 08:57 | 介護

日課

血管がもろくなった母は点滴を中止し、

栄養剤の経口摂取に切り替えた。


医師からは点滴の継続は副作用が大きいと...


細々と自力で生命の維持をしている母に

見舞い以外に何もしてあげられないが、

それもやむなし。。。


一時は、

母との距離をおきたいと感じていたのに、、、

見舞いが毎日の日課となっている。。。
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# by 1po2ho3bo | 2010-03-23 11:49 | 介護

父 転院

今日は…

リハビリ病院でのリハビリ期限が過ぎた父の転院日。。。

これからは療養型での入院生活となる。


入院生活4ヶ月が過ぎた父は、、、

状態の改善こそ見られなかったが穏やかに過ごしている。


今後は、

老人保健施設→特別養護老人ホームと入所の待機期間を過ごすことになりそうだ。
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# by 1po2ho3bo | 2010-03-18 09:04 | 介護

なにも話せない...

母の病状は...

入院してから日増しに坂を転げるように悪化している。

意識レベルもかなり落ち、声を出すことさえできなくなってしまった。。。


僅かに首を振ったりうなずく程度の反応しかできない母。

何かを言いたそうだけど、、、

解らない。。。



在宅で看ていた時は、

母に対して無性に腹が立ったり、目を背けてたこともあった。


もっと母との距離をおきたいと思っていた日に、

もう一度だけ戻ってみたい。
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# by 1po2ho3bo | 2010-03-16 12:31 | 介護

終末期医療 その4

最後の選択肢は...

急変時の対応について医師から相談があった。


急変時に...

 1.延命措置をせず

 2.気管内挿管、心臓マッサージ、強心剤使用による延命措置

 3.人工呼吸器を使用した延命措置


迷った…

一度は、一分でも一秒でも生きていて欲しいという気持ちから、

延命措置をお願いしたのだが、、、


最後の最後に苦しい思いをさせてまで…

単なる時間稼ぎのために苦痛を与えることが…


結局の所、終末期医療においては「母に苦しい思いをさせないこと」を一貫して通すことにした。

延命措置はせず、与えられた命を自分の力で生きて欲しい。


僕が同じ立場だったら、

きっとそう願うだろうから、、、

「お母さん、これでいいんだよね。。。」
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# by 1po2ho3bo | 2010-03-16 12:14 | 介護

終末期医療 その3

現在、母の栄養状態は良くない。。。

経口摂取がほとんどできていない上、癌が摂取した栄養を奪ってしまう。

大腸癌からは出血があり、常に貧血状態。


胃に穴を開けて栄養物を流す胃瘻は選択肢から外し、

点滴による補給に留めることにした。


そこで、点滴物の内容の選択肢が2つ提示された。


 1.ブドウ糖のみ

 2.高カロリー輸液


栄養状態の改善のために高カロリー輸液を選択すれば、、、

癌細胞に栄養を与えることになり癌の進行を早める。

また、糖尿病を併発するリスクもあるとのこと。


この選択には迷いに迷った。

親族からも答えはなかった。。。


ここは息子の一存で、一時でも栄養状態を改善したいと思った。

極論すれば、、、

ブドウ糖のみで緩やかな餓死を選ぶのか???

そう思った。


ならば、少しでも栄養を補給してあげたい。
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# by 1po2ho3bo | 2010-03-07 10:27 | 介護

終末期医療 その2

医師から、、、

今後の母の治療についての説明がなされ、

それぞれのステージにおいての選択肢の提示があった。


上行結腸癌による腸閉塞については切除手術は拒否。

腸閉塞が切迫した場合の対応として、、、

 1.切除手術

 2.人工肛門

 3.イレウス管

3つの選択肢が提示された。

母にメスを入れないという親族の総意に基づいて、

最も負担の少ないイレウス管の挿入で対処することを選択した。


イレウス管挿入とは、

鼻腔から管を腸まで通して詰った腸の圧力を減圧、腸管の破裂を防ぐ方法。


何れの選択肢も、末期癌の母にとって見ればその場しのぎでしかない。

ならば、メスを入れない方法のイレウス管の選択肢が最善と思われた。
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# by 1po2ho3bo | 2010-03-07 09:58 | 介護

終末期医療 その1

昨日は母の兄弟が一同にお見舞いに来てくれた。

医師から今後の終末期医療についての相談を受けた後、

母の叔父・叔母達と話し合った。


今年で80になる母にこれ以上の苦痛は与えたくない。

との意思が固まった。
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# by 1po2ho3bo | 2010-03-07 09:07 | 介護

一度は決めた手術だが…

母の上行結腸癌切除手術は白紙に戻した。。。


残り僅かな余命を、例え僅かでも延ばせるならば…

そんな思いだったのだが、、、


手術によって余命が伸びる保証はどこにもない。


それならば、、、

母の体にメスを入れる必要があるのか...


相談相手から「絶対反対」と言われて思いとどまった。

この言葉がなかったら、、、

そう思うと。。。
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# by 1po2ho3bo | 2010-03-06 19:58 | 介護

転院

今夜は夜勤。。。

明朝の勤務明けは父の老健入所申し込みの面談。

明後日は母の介護認定調査。


父は、今月の12日までに療養型に転院しなければならない。

受け入れ先はほぼ決まっているが、特養入所までは老健と療養型で繋ぐしかない。


今後、母の転院先も手術後に麻薬管理のできる療養型を検討。

どこかのタイミングで父と母が一緒に暮らせたら…

そう思うのだが、、、
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# by 1po2ho3bo | 2010-02-23 10:36 | 介護

輸血

今日から母の輸血が開始される。

現在の体力では手術のリスクがある。

鉄剤や点滴では貧血の回復が規定値に達しないため輸血となった。


早ければ今週末に上行結腸癌の切除手術を…

と、Drから報告があった。
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# by 1po2ho3bo | 2010-02-23 10:21 | 介護

母の治療方針

循環器、内科、外科と主治医からの検査結果と治療方針の説明が終わった。

検査の結果は...

・原発性上行結腸癌
・肝転移
・胸水
・高度貧血
・低栄養

…と、診断された。

循環器のDrからは「特に循環器には問題は認められず」

内科のDrからは「末期の肝臓癌、余命一年は無理」と伝えられていた。

今回、外科のDrから総括的な説明と治療方針の選択肢の提示があった。


原発性の上行結腸癌切除の目的は…

1)腸閉塞の回避
2)腫瘍ボリュームを減らす
3)食事
4)出血のコントロール

しかし、

現在の母の体力では手術自体のリスクが低くない。

先ずは、輸血や点滴等で体力の回復を行い、体力の回復が見込まれれば上行結腸癌切除の手術を行うこととした。

母の余命は癌の進行状況によってはなんともいえないが、腸閉塞を回避することで1年以上も生存可能もありうると伝えられた。

「一年生存は絶対無理」 とは…

何の手立てもせずにいたら... と言うことだったようだ。


そうは言っても、予断を許さない状況に変わりはないのだけれど。。。
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# by 1po2ho3bo | 2010-02-19 14:11 | 介護

母の検査が終わり、末期の肝臓癌は大腸癌からの転移と判った。

腸閉塞の危険性が高く発症した際の治療の方針を検討するとDrから伝えられた。

閉塞部分の切除か腸瘻にするか...


癌自体は温存しかなく、残された命を全うして欲しいと願うしかない。
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# by 1po2ho3bo | 2010-02-16 10:30 | 介護

余命一年…

検査入院を終えた母の病状は…

予想外の結果だった。。。


肝臓癌の疑いは、末期の肝臓癌と判った。

「余命は…」との問いに、、、

Drの口から…

「一年は絶対に無理」


何も疑う余地がないほど言い切られたその言葉を、驚きも悲しみも落胆もなく受け止めたのだが、、、


「お母さん」と呼べる存在の人が居なくなる…


50を過ぎた親不孝息子だが、、、

複雑な心境だ。
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# by 1po2ho3bo | 2010-02-12 18:38 | 介護

父…今後

リハビリ病院を退院する期日が迫っている。

90日の入院期限半ばを過ぎ、でどこまで回復できるのか...


リハビリの経過の説明を受け、残すリハビリ期間の方針を決めた。

現状、歩行・排泄・食事の自立の目処はない。。。

肺気腫を患っている父には歩行のリハビリはかなりの負担になっている。

今後、施設入所を視野に入れれば食事だけでも自立させてあげたい。


そのような思いで歩行や排泄のリハビリは打ち切ることにした。


今後は…

特養入所の申し込みをすることに、、、

2~3年待機の特養入所までの間、療養型病床群・老人保健施設で繋ぐことにした。
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# by 1po2ho3bo | 2010-02-10 23:00 | 介護
入院した母を介護に携わる3人で見舞いに行った。

右手と両下肢の浮腫みはすっかりと引き、寝たきりでは」あったが四肢の動きも良くなっている。

母は思うように回らない呂律で矢継ぎ早に話しかけてくるが中々聞き取れない。。。


僕たちが病室を去ろうとした時、母が口にした言葉。

「もう少し、生きていたい…」


あれほど...

「人の世話になるなら死んだ方がまし…」

「どうせ治らない病気なのだから…」

と、受診と介護サービスを拒んでいた母なのに。。。



複雑な思いでその言葉を聞いた。

いくら余命が短いとしても、残された命を大切にして欲しい。

嘆き、哀しみ、それに付き合う介護生活には正直うんざりしていた僕だった。


母の検査結果の説明は明後日と迫ったが、結果がどうであれ残された人生を前向きに生きて欲しいと思う。

生易しいことではないかも知れないが、、、

母にとっても、介護者にとってもそれが一番望ましいことではないだろうか。


身をもって母がそう教えてくれている...

そんな気がする。。。
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# by 1po2ho3bo | 2010-02-08 22:55 | 介護

入院、そして…

昨日は入院のためほとんど歩けなくなった母を抱っこして車に乗り込んだ。

母の外出は丸一年以上前の通院以来のことだった。


入院の手続きと共に検査が始まる。。。


検査の結果、異常な肝臓の腫れが認められた。

更に検査を進めないと断定はできないが肝臓癌の疑いが濃いらしい。


やはり、もう少し早く通院をしておけば良かった...


入院できた安堵感と、癌の疑いを宣告された脱力感が交差する。


人気の無い家に帰るのは虚しいもんだなぁ。。。
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# by 1po2ho3bo | 2010-02-04 10:02 | 介護