とうとう来る時が来た…?    親不孝息子が綴る介護日記


by 1po2ho3bo
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カテゴリ:介護( 117 )

母が旅立ち一ヶ月が経った...

四十九日の法要を目前に控え、

ようやく落ち着きを取り戻そうとしている。


しかし、

今度は父の終末期が近付いて来たようだ。

母同様、食事を受け付けなくなってしまった。

点滴のための血管も確保が難しと言われ、

呼吸器に疾患のある父は、母のように持ちこたえることは困難な気がする。


母が、

「子供たちにあまり心配をかけちゃだめだよ…」

そう言って父を呼んでいるのかも知れない。
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by 1po2ho3bo | 2010-05-07 20:42 | 介護

一本のフルート

母の棺には...

大好きだった花々と一本のフルートを納めた。

b0149043_9551882.jpg


2年ほど前に両親の介護が始まった頃、

時を同じくして始めたインディアンフルート。

その音色に魅せられて、今では自作をするようになった。


両親は、、、

庭先でフルートを作っている僕を時折見ていた。


目の前で演奏をしてあげたことは無いのだけれど、

家の中に響く音を、きっと耳にしていたと思う。。。


このフルートの音色だけは、

亡き母の耳元にも響くような気がする。
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by 1po2ho3bo | 2010-04-13 10:14 | 介護
医師により死亡の確認を終え、エンジェルケアがなされる間にも...

哀しみに浸っている間もなく葬儀の段取りが始まる。


葬儀社が決まると、

1時間ほどで葬儀社からのお迎えがあった。

亡き母を乗せた車と共に斎場に向かう。。。


決めなければならないことが山ほど待ち構えていた。

4~5時間ほど葬儀の打ち合わせを済ませ葬儀社を後にした。


今回、

葬儀社・火葬場共に希望通りの日程が取れ、

滞りなく葬儀を済ませることができたのは何よりだった。


そして、、、

母が末期癌と判ってから、

毎日の見舞いにも同行してくれた彼女は、

母の最期にも一緒に立会うことができた。


初めて身内を見送る僕にとって分からない事だらけであったが、

実父と夫を見送ってきた彼女はいつも傍に居て僕をサポートしてくれた。


母も30数年前から彼女を知っていた。

年末年始、

彼女と彼女の娘は僕の家に泊り込み、

年越し蕎麦を食べ、御節とお雑煮で正月を祝った。


母にとって最後の正月になろうとは思ってもいなかったのだが、、、

今思えば唯一の親孝行だったような気がする。


そんな彼女には、、、

心の底から感謝している。


「ありがとう」



葬儀にも親族として立ち会っていただき、

親戚一同も快く彼女を受け入れてくれた。


大切な母を亡くした僕にとって、

新しい家族との出逢い。


振り返れば僕は、、、

何かに導かれているように感じざる負えない。
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by 1po2ho3bo | 2010-04-11 07:23 | 介護
正午過ぎまで穏やかな時間は流れていたが、

脈の乱れや脈拍の低下が顕著になり心電図が母に付けられた。


伯母に経過報告の連絡をすると、、、

「潮が引く時間に亡くなることが多いのよ…」

「14時半頃が引潮なのよね...」

と、諦めと覚悟をしたように僕に言った。


僅かに努力様の呼吸になってきた母だったが、

表情に苦痛の色はなかった。


伯母の言った時間が近付いて来るに連れ、

無呼吸の状態が見受けられるようになった。


そして、

14時30分最後の呼吸の後に、

母の胸は動かなくなった。
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by 1po2ho3bo | 2010-04-10 00:30 | 介護
4月5日 朝7時に携帯が鳴る...

着信は母の入院している病院からだった。。。


担当のナースから、

母の状態が低下していると知らされた。

ナースの落ち着いた声からは、

最後の日を知らされているものではないと思いたかったが、、、

時刻からすれば、その知らせの内容は容易に把握できた。


姉と共に病院に駆けつけてみると、

覚醒はしていないが、いつもと変わらない母が居た。

出入りするナース達もいつものように落ち着いて対応をしてくれている。


母を看取る日となることが信じられないほど穏やかな時間が流れていた。
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by 1po2ho3bo | 2010-04-09 00:47 | 介護

訃報

母は、

平成22年4月5日 午後2時37分 逝去しました。


約2ヶ月の入院生活でしたが、

苦しむこともなく安らかに旅立ちました。

お世話になりました方々に心より御礼を申し上げます。
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by 1po2ho3bo | 2010-04-05 23:29 | 介護

いよいよか...

一昨日、母は個室に移ることになった。。。


2月3日に入院して2ヶ月が経とうとしている。

今では話すことはほとんどできないが、意思表示はできている。


しかし、

意識がはっきりしている時間も徐々に短くなってきている。


看護師からも、

「お母様が分かる内に会わせておきたい方に連絡をしておいてください」

と、話しがあった。


日々、衰弱して行く母ではあるが、

苦痛の表情もなく穏やかに過ごしている。。。
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by 1po2ho3bo | 2010-04-01 11:12 | 介護

お話しがあります

母を担当してくれている看護師から声がかかった。


「先日、主治医の方から連絡が行ったと思いますが…」


その看護師は、そう切り出した。


僕は、、、

「現状報告と、今後の治療方針について話がありましたが…」

「何をどのように判断すればよいのか…?」とお答えした。


その看護師は、、、

「電話での医師とのやり取りを聞いてまして、酷な選択と感じました」


その一言が、乾いた僕の心には一滴の恵みに感じられた。



医師には医師として、

何の治療らしい治療もしないままいることがもどかしいのかも知れない。

しかし、医療の力で生きながらえることを母は望んでいるのだろうか。。。


母にほんの些細で僅かな望みがあるのならば、

そのことこそ一番優先しなければならない筈。


嫌な思いをしてまで美味しくない栄養剤を飲むのなら、

好きなものを美味しいと思って口にしてもらいたい。


そう思った。


その看護師は、、、

母の身、身内の身になって看護にあたってくれていると感じた。


最後に、

看護師に聞いてみた。


「こんな母の状態で治療行為もないのにこの病院に居れますか?」 と。

看護師は、、、

「もし医師が転院の話をしたとしても、私達が守りますから」

きっと母も、そんな看護を受けられて喜んでいると思う。

僕も心が熱くなった。
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by 1po2ho3bo | 2010-03-26 22:29 | 介護

どうしますか...

医師から、

そう言われて困った...


2日前に主治医から電話があった時のこと。


その内容は…

点滴によるリスクが増してきた、、、

経口摂取もほとんどできない状態です...

今後のことを良くお考えください...と。


何をどう考えればよいのか。。。

返答しようのない質問に困惑した。


毎日、見舞いに行っていて母の状態は見ている。

日増しに痩せこけて、浮腫みも増してきているが、

特に苦痛の表情はない。

話すこともできなくなった母だが、

意識がはっきりとしている時は頷いたり首を振ったりして意思表示をしてくれる。


そんな母に問いかけることはできないが、

医療に頼った延命ではなく、

母の一日一日を大切にしてあげたい。

そう思って答えを出している。
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by 1po2ho3bo | 2010-03-26 21:53 | 介護

アリセプト

認知症と診断された父が服用していた薬がアリセプト

以前の記事にも投稿したが、

4ヶ月ほど服用したが感じられる効果はなかった。


息子の独断でこの薬を絶ったのだが、、、

穏やかに入院生活を送っている父を見ていると

その判断も間違えではなかったように思える。


最近では、

ここ数年、見たことのない笑みで面会に行く息子を迎え入れてくれる。
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by 1po2ho3bo | 2010-03-24 08:57 | 介護